カテゴリー「その他(精神論など)」の記事

2014年10月31日 (金)

決して争ってはいけない

「決して争ってはいけない

争いの中に弱いものの生きる場はない」

(「社会福祉法人 全国重症心身障害児(者)を守る会」ウエブサイトより引用)

私は、重症心身障害児と呼ばれる方の後見人をしています。

この方と同じ病棟に入院している方々の保護者が親の会を作っています。

この親の会の総会資料に、「全国重症心身障害児(者)を守る会」の三原則が記載されていました。

上記は、この三原則のひとつです。

私は、この言葉をはじめて目にしたとき、たいへんな衝撃と感銘を受けました。

シンプルですが、力強く、見事に争いの本質をとらえています。

われわれ法律家は、争いごとを飯の種としていますが、収入を得るために火に油を注ぐようなことをしてはいけません。争いごとを減らすことが法律家に課せられた使命のひとつです。それを忘れた人たちは、もはや法律家ではなく法律屋です。

このブログが、法律家を目指してがんばっている人たちに伝われば、嬉しいです。

2014年4月 2日 (水)

一生懸命を笑うな

法廷で、一生懸命、的外れな主張をしている人がいます。

法廷で、一生懸命、法的には通らない主張をしている人がいます。

一生懸命な人は、当事者ご本人に限りません。

一生懸命空回りしている代理人(弁護士)もいます。

他方、一生懸命な人を見て、ニヤける人がいます。

ニヤける人は、裁判官だったり、検察官だったり、弁護士だったりします。

上から目線の態度が垣間見え、とても感じが悪いです。

裁判員に選ばれた市民の方は、絶対に、そんな態度を見せません。

そんな態度を見せるのは、専門家と呼ばれる人たちだけです。

不遜です。必要以上に、敵を作ることにもなります。

絶対に、やめましょう。

2014年1月30日 (木)

弁護士の専門性

弁護士はオールラウンドプレイヤーであるべきというのが私の持論です。

弁護士は、オールラウンドプレイヤーでなければ対処することはおろか気付くことさえできない問題に遭遇するからです。

例えば、相続事件においては、民法の相続編以外に、税法や財産法について学んでおく必要があるし、相続人の中に判断能力が低下した人や親権者のいない未成年者がいれば後見についての知識や経験が求められるし、被相続人の属性や相続財産の種類によっては、会社法や倒産法にまで問題が及ぶ可能性もあります。

もちろん、あらゆる分野に深く精通することは不可能ですが、危険を察知できる程度には、幅広い経験と学習を積んでおくことが必要です。

契約書の作成やチェック等の予防法務ばかりやるのも、よくないと思います。訴訟や執行で苦労した経験を積んでこそ、それを予防するための最善のアイデアが湧いてくると思います。

もっとも、現にトラブルに遭遇しているユーザーは、「○○に強い弁護士」「○○を専門とする弁護士」を求めています。ほとんどのユーザーは、(学者出身者などのごく一部の例外を除き)弁護士と裁判官と検察官が、同じ試験を受け、同じ研修所を出て、社会に出てきたこと、すなわち、スタート地点では、すべての弁護士に専門性がないことを知りません。また、ユーザーにとっては、弁護士の数が激増したことにより、セカンドオピニオンを得ることが容易になりましたから、弁護士がオールラウンドプレイヤーであるべき必要性は薄れているとも思います。

そこで、私も、平成24年頃から、特に力を注ぐ分野とそうでない分野を区別していくことにしました。これにより、特に力を注ぐ分野については、最高裁判例や法改正のみならず、判例時報等の法律雑誌で紹介される下級審の裁判例や裁判官の論文などにも目が行き届くようになり、普段の勉強にメリハリがつけられるようになりました。

私が特に力を注いでいる分野については、このブログのプロフィール頁で公開しています。


2014年1月29日 (水)

人格で選ぶか腕前で選ぶか

人格的に優れた医師と優れた腕前を有する医師、どちらに診てもらいたいですか?

正確な言い回しは忘れましたが、上記のような趣旨の質問を、10年以上前、タイのチェンマイで、医大生のHさんから、されたことがあります。

このとき、私は、「優れた腕前を有するほう。だって、友だちになりたいんじゃなくて、病気を治してほしいから。」そんなふうに答えたと記憶しています。

しかし、最近、私は、私の答えが誤りであったことに気付きました。

今、同じ質問をされたら、私は、こう答えます。

「人格的に優れた医師は、優れた腕前を有しています。
優れた腕前を有する医師は、人格的にも優れています。
だから、その質問には、正解がありません。」
(たぶん、Hさんも、いまは、私と同じことに気付いているだろうと思います。)

一昨年から、週に1度、裁判所で仕事をするようになり、裁判官の目線で、多くの法律家の仕事ぶりを見る機会を得ました。そんななか、はたと気付いたのです。私が出会った一流の腕前を有する法律家は、人格的にも優れた方ばかりでした。また、私が、かねてより、人格的に優れた人と感じていた法律家の主張や立証活動は、技術的にも素晴らしいものでした。

ところで、人格的に優れているといっても、完璧な人間などいません。ただ、一流の法律家たちは、少なくとも、①謙虚さ②貪欲さ③共感性の高さの3点で、人格的に秀でているように思われます。

①謙虚な人は、上には上があることを自覚しています。ですから、過去の経験や成功体験に甘えることなく、生涯努力する必要性を感じています。また、謙虚な人は、年齢や立場の上下にこだわることなく、自分に足りないものを持っている人に対し、頭を下げて教えを請います。

②貪欲な人は、たいてい好奇心旺盛であり、向上するための努力を惜しみません。

③共感性の高い人は、他人の痛みや苦しみに敏感なので、仕事へのモチベーションが上がります。自分のためだけに仕事をしていると、時には、さぼりたい自分に負けてしまいがちですが、自分以外の誰かのためであれば、さぼりたい自分に負けるわけにはいきません。

つまり、謙虚で貪欲で共感性の高い人が毎日コツコツと長い間努力して、ようやく一流になれるようです。

医大生だったHさんは、人格的に優れた人でした。だから、今、一流の医師への階段を着実に歩んでいると思います。

私も、一流を目指します。

2013年10月10日 (木)

このブログについて

このブログは,

   無益な紛争を予防するために,

   勝つべき人が負けないように,

   損害を公平に分担できるように,

   紛争の早期解決を目指して,

私が法律家として活動することにより得たノウハウを発信するブログです。

弁護士,隣接士業者,司法修習生,法科大学院生,調停委員の先生方,公務員または企業等の法務関係者など,法を解釈しまたは適用する立場にある人たちに読んでいただくことを念頭に記事を書いています。

そのため,法律用語についての細かい解説を省くことがあります。

裁判所調停官在任中は,立場上,個人的意見を述べることを控えますので,ご理解ください。

法の支配

法の支配とは,専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し,権力を法で拘束することによって,国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理です(芦部信喜先生「憲法」新版13頁より)。

法の支配の下では,権力の恣意的行使をコントロールする裁判所の役割に対する尊重が求められます。

行政機関が,最高裁判所の違憲判決に従い,法解釈を改めるのは,法の支配の要請です。

立法機関が,最高裁判所の違憲判決に従い,法令を改正するのも,法の支配の要請です。